「食いしばってますね」
歯科でそう言われた。でも自分では、噛みしめている感覚がまるでない。
そういう話を、よく聞きます。
朝起きたときに顎が重い。こめかみが張っている。夕方になると、頬のあたりが疲れてくる。
心当たりはあるのに、その瞬間だけは思い出せない。まあそんなもんやろ、で流してしまう。
よく言われるのは「ストレスのせい」という説明。
間違いではありません。ただ、それだけでは説明がつかないことが、いくつかあって。
この記事では、そこを一つずつ見ていきますね。
先にお伝えすると、鍵になるのは舌の位置です。
「ストレスのせい」だけでは説明がつかない
まず、よく聞く説明を確認しておきます。
ストレスがかかると、無意識に歯を食いしばる。緊張すれば筋肉には力が入るので、顎も例外ではない。
筋道は通っている。実際、この仕組みも関わっています。
ただ、これだと合わないことが出てくるんです。
ひとつめ。
なぜ、力を入れた覚えがないのか。
歯を強く噛みしめれば、ふつうは気づく。手をぐっと握れば分かるのと同じです。
なのに、顎だけは自覚に上がってこない。ここが妙なんですよね。
ふたつめ。
なぜ、眠っているあいだに強く出るのか。
寝ているときは、体でいちばん力が抜けている時間帯のはず。
それなのに、朝がいちばん顎がつらい。順番が逆に見えます。
みっつめ。
なぜ、人によって差があるのか。
同じくらい忙しくて、同じくらい気を張って働いている。それでも、顎に出る人と出ない人がいる。
ストレスの量だけが原因なら、ここまで差は出ないはずです。
つまり、ストレスの話は間違いではないけれど、それだけでは足りないということになります。
実際の体では、何が起きているか
上下の歯は、本来ずっと離れています
意外に思われるかもしれません。
口を閉じているとき、上下の歯は当たっていないのが本来の状態。
1〜3ミリほどの隙間があって、下の顎はそこにぶら下がっているような格好なんです。
歯が触れるのは、食べるときと、飲み込むとき。
一日のうち上下の歯が接している時間は、食事を含めても20分ほどといわれています。24時間のうちの20分。
では、いま口を閉じたまま、力を抜いてみてください。
上下の歯は、離れていますか。
当たっていた方は、それが食いしばりの入り口の形。
強く噛みしめていなくても、触れているかぎり筋肉は働き続けている。
気づけないのは、力が弱いからです。 強く噛む代わりに、弱い力が何時間も続いている。
では、口を閉じているのは誰の仕事か
ここで、舌が出てきます。
舌の本来の位置は、上あご。
前歯のすぐ後ろに、わずかにへこんだ場所があって。スポットと呼ばれる部分です。
そこに舌先が触れ、舌全体が上あごに貼りついている。これが安静時の形。
この状態だと、口の中は舌で満たされている。下の顎は下から支えられ、口は自然に閉じています。
では、舌が下がるとどうなるか。
舌先が下の前歯の裏に落ちて、舌全体が沈む。口の中に空間ができるので、口は開きやすくなる。
低位舌と呼ばれる形です。
それでも、口を開けっぱなしにはできません。誰かが閉じておく必要がある。
そこで動員されるのが、閉口筋です。
咬筋(こうきん)は、頬骨から下の顎の角に張っている、えらのあたりの筋肉。側頭筋(そくとうきん)は、こめかみ一帯に扇のように広がって、下の顎につながっている。
どちらも、顎を持ち上げる筋肉。
本来は噛むときに働くこれらの筋肉が、口を閉じておくためだけに、一日じゅう軽く働き続ける。
これが、自覚のない食いしばりの中身なんです。
そこから、こめかみと首に連鎖します
側頭筋には、顎を持ち上げるだけでなく、後ろへ引く働きもある。
こめかみが張る。頭の横が締めつけられる。顎の話をしているのに頭痛が出てくるのは、この筋肉がこめかみに広がっているからです。
首にも続いていきます。
顎を閉じる筋肉のすぐ隣には、首の前を斜めに走る胸鎖乳突筋がある。頭を支えている筋肉です。
頭が前に出た姿勢になると、下の顎は後ろへ引かれる。噛み合わせの位置が変わり、閉口筋はその調整にも動員されます。
顎と、首と、姿勢。ここは切り分けられません。
3つの疑問に、こう説明がつきます
さきほどの3つに戻ります。
なぜ、力を入れた覚えがないのか。
強く噛みしめる形ではなく、弱い力が続く形だから。
握力でいえば、全力で握るのではなく、ペンを持ち続けているくらいの力。自覚に上がってこない代わりに、時間で積み重なっていくんです。
なぜ、眠っているあいだに強く出るのか。
眠っていても、口は閉じておく必要があるからです。
そして仰向けになると、舌の位置はさらに下がる。空気の通り道が狭くなれば、体は顎を動かして道を確保しようとする。
朝に顎が重いのは、夜のあいだも仕事が続いていたため、と考えると筋が通ります。
なぜ、人によって差があるのか。
土台が違うから。
舌が上あごに収まっていて、鼻がよく通っている人は、閉口筋の出番がそもそも少ない。
そうでない人は、ストレスがかかる前から、すでに働きっぱなしの状態。そこに緊張が乗ると、越えてしまう。
ここが、できることのある部分。
ストレスをゼロにはできません。でも土台のほうには、動かせる余地があります。
自分で確かめてみること
何かを判断するためのものではありません。今の状態を知る目安として見てください。
まず、歯が当たっているかどうか。
一日のうち何度か、ふと気づいたときに口の中を意識してみてください。上下の歯は離れていますか。
当たっている回数が多いほど、閉口筋の出番も多いことになる。
次に、舌の位置。
口を閉じて力を抜いたとき、舌先はどこにありますか。
上あごの前歯の裏あたりに触れていれば、本来の位置です。下の前歯の裏に当たっている、あるいはどこにも触れていない。そういうときは、下がっているのかもしれません。
もう一つ、舌のふちを見てみましょう。
鏡の前で、舌を軽く出します。ふちに、波打つような歯型がついていませんか。
舌が下の歯に押しつけられているときに出やすい形なんです。
最後に、こめかみ。
奥歯を軽く噛んで、こめかみに指を当ててみてください。もこっと動くのが分かる。そこが側頭筋。
左右で硬さが違う。押すと頭のほうへ響く。そういうときは、片側に負担が寄っていることがあります。
強く押さないでくださいね。確かめるだけで十分です。
家でできること(無理をしない範囲で)
やることは3つ。歯を離す、舌を戻す、こめかみをゆるめる。
まず、歯を離す合図をつくります。
パソコンの端や、よく目に入る場所に、小さなシールを貼っておく。それが見えるたびに、口の力を抜いて歯を離す。
顎の力を抜くには、息を細く長く吐くのが早い。吐きながら、肩と一緒に顎も落とします。
一回3秒で十分。回数を重ねるほうが身につきます。
次に、舌の位置。
舌先を上あごのスポットに当てて、舌全体を上あごに吸い上げる。そのまま鼻で息をして、10秒。
慣れないうちは疲れます。それは、その筋肉を使えていなかったということでもあって。
口のまわりごと動かすなら、あいうべ体操があります。「あ」で大きく開け、「い」で横に引き、「う」ですぼめ、「べー」で舌を前に出す。朝昼晩に何回かずつ。
最後に、こめかみと頬。
指の腹をこめかみに当てて、円を描くようにゆっくり動かす。ぐりぐり押さないでください。
頬のえらのあたりも同じように。口を軽く開けたまま触ると、力が抜けた状態で当てられるので。
なお、痛みが強いときや口が開けにくいときは、無理をせず専門機関にご相談ください。
医療機関を考えた方がよいサイン
顎のこわばりとして感じていても、別のことが関係している場合があります。
次のようなときは、歯科口腔外科などで一度相談してみてください。
- 口が指2本分ほども開かない。途中で引っかかって動かなくなる
- 口を開け閉めするたびに、痛みをともなう音が鳴る
- 顎が腫れている。熱をもっている
- 食事のたびに痛みが強くなり、噛めないものが増えてきた
- 顔の片側にしびれや、感覚の鈍さがある
- 大きないびきをかく。寝ているあいだに呼吸が止まっていると言われた
- 歯が欠けた、しみるようになったなど、歯そのものに変化がある
不安にさせたいわけではありません。
顎のこわばりの多くは、ここまで書いてきたような積み重ねから起きています。
ただ、上のような形で出ているときは、それだけでは説明がつかないことがあって。
相談に行くときは、いつから/どんなときに/どのあたりがをメモして持っていくと話が早い。
朝なのか夕方なのか。片側だけなのか。そこまで書けると、なお伝わりやすいです。
まとめ
長くなったので、まとめます。
食いしばりに気づけないのは、強く噛みしめる形ではなく、弱い力が長い時間続く形だからでした。
上下の歯は、本来ずっと離れています。舌が上あごに収まっていれば、口は自然に閉じる。舌が下がると、その仕事を咬筋と側頭筋が引き受けることになる。
だからこめかみが張り、首や姿勢ともつながっていく。
ストレスは引き金で、土台をつくっているのは日々の状態。そういう見方ができます。
まずは今、口の力を抜いて、上下の歯が離れているかどうか確かめてみてください。


